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Young rich 遊んでる平日

KANDYTOWNにも、本物の“シティボーイ”にもなれないまま、社会の犬へと没落しそうです。

 今まで隠してたんですけど、自分って“シティボーイ”らしいんすよ…。

 

 というのも先日、渋谷・宮下公園のあたりを歩いていたところ、岐阜から来たという男性2人に「お兄さん、この近くで美味しい居酒屋とか知らないですか?」と尋ねられ、話を聞くに「ここを通る人を何分か見ていて、一番シティボーイっぽい格好をしていた」から声を掛けたとのこと。現状の“シティボーイ”という言葉が、時に蔑称として用いられるのはさておき、その日の服装はゆったりめなブルーのL/S、ベージュのディッキーズ、HUFのオールコートでNorth Faceバックパック。たしかにスケートボーダーっぽい身なりながらも、渋谷ではあまり遜色のない格好だし、「ひょっとしたら怪しい勧誘の枕だったんじゃないか…」と頭を過ぎるも、その後は“シティボーイ”の響きから若干の悦に浸ったのでした。

 

 そんな私は東京・駒沢出身の23歳、大学4年生。就職活動も無事に終わり、バイトと音楽系のインターンシップに通う毎日です。音楽は人並みにチェックしていて(しているはずで)、好きなアーティストはYOUNG JUJU、乃木坂46内田彩。ディズニーランドは行ったことないけど、ライブは月に何回も訪問しています。そんな今年は先輩と『サマソニ』でChance The Rapperも観たし、先月は尾道にも旅行に行きました。あとは、一昨年はドイツ留学をしてピザ屋のブラザーと仲良くなったり、帰国後には毎日のように大手町でスケボーしたりと、ここまで振り返って「案外イケてるな」と内心は思っていたり。ただ、致命的なまでに顔面がダメで、喋り方もコミュ障のそれ。もちろん、彼女はいない。当然です…。

 

 ここで、冒頭の一文を全て否定します。自分はたぶん、本物のシティボーイじゃないです。たしかに、幼少期に過ごしたのは駒沢で、字面だけ見ればそこそこのクラスかなと。ただ、世の中には本当にクールなシティボーイがいて、それが東京・喜多見出身の16人組ヒップホップクルー、KANDYTOWN。先述のYOUNG JUJUも、同クルー所属のラッパーで、昨年末に<ソニーミュージックレーベルズ>とメジャーディール締結したりと、国内シーンでも有数のイケてる兄ちゃん。同じ世田谷育ちでも、彼らには勝てないですわ。

 そんなKANDYTOWNの代表曲は「R.T.N」や「Get Light」など様々ですが、どれも都会の若者に特有の“余裕”を感じさせます。特に喜多見は、下北沢〜経堂〜成城学園前〜喜多見〜狛江〜登戸といった、都内でもかなりの富裕層が住む小田急線沿いの土地柄。渋谷や新宿と遠く離れていないながらもそれほど大都会ではない、自然溢れるベッドタウン的な、住み心地の良い地域です。それもあってか、彼らの楽曲では決して都会に居座ることに拘らず、25時を過ぎたあたりで“Town”に集まり、“City”のパーティに繰り出して手早く帰路につくといった、いかにも“余裕”のある生き方を歌っています。正直なところ、リリックで深い内容が語られるのかといえば、その解像度はそこまで高くもないのですが、個人的にはそんな楽曲としての“隙間”や“空間”も好きだったり。また、クルーは全員が幼馴染で、かねてからの音楽活動も結実。結成までには仲間の逝去もありながらも、やはり成功者と評せるのでは。そんなKANDYTOWNこそが“本物のシティボーイ”であれば、私はたぶん足元にも及ばないですね。

 

 とはいえ、なんとかシティボーイとして今後を生きていきたいと、その定義を調べていたところ、以下のようなイメージ画像を見つけました。イラストがお上手。そしてなんと幸運なことか、私はこの条件のほとんどに当てはまっています。項目ごとに振り返りましょう。

 まずは職業、これは大学生なのでスルー。ちなみに内定先は出版系。続いてコーヒー、これはスタバのコーヒーが一番好きです。音楽に詳しい、これはインターンとかやっていますが、何とも言えないのでスルー。日本のラップ、IOと5lackはどちらも聴いています。ちなみにIOは、KANDYTOWNのクルーですね。あと『POPEYE』読者でもない。先述した「シティボーイが蔑称…」のくだりは、同誌を意識したので書きました。あの雑誌はエセなシティボーイばかり生み出している気がします、個人的に。そして最後に、Primeのスケボー。いや驚きました。私がスケボーを買ったのも、この内神田にあるPrimeというショップなんですね。

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 ここで思いました、「あれ、ひょっとしてシティボーイか?俺は駒沢出身のシティボーイなんじゃないか?」と。そして同時に、大切なことに気付きました。いや、そもそもシティボーイって、結局は精神性も絡むんじゃないのかと。

 

 ヒップホップにおいて、ラップのスキル云々はもとより、何よりも重視されるのが“精神性”。その定義に賛否両論はありながらも、ゼロ年代ではMACCHO(OZROSAURUS)ら、テン年代ではANARCHYやKOHHが高い評価を得ているのには、やはりどこかストリート育ちの精神性にヒップホップ独自の美学を感じるからなのかもしれません。つまり、プロフィール上でいくらラッパーを名乗っても、それに足る精神性が備わっていないと意味がないのではないかと。

 

 翻って、それはシティボーイも同じなのではないでしょうか。KANDYTOWNクラスだけが本物のシティボーイだとすれば、それは物凄く限られた定義です。ただ、ここまで幅広くその言葉が用いられているのであれば、もう少し解釈は広げられるでしょう。一般人クラスでも、シティボーイには分類されそうです。それでは、これで晴れて私がシティボーイになれるのか。なれません。いや、だって自分、かなり前に「致命的なまでに顔面がダメで、喋り方もコミュ障のそれ。もちろん、彼女はいない」って書いてるじゃないですか。自分に自信のないシティボーイとか、ダメでしょ。

 

 インターネットが全国に普及した2018年。若年層のLINEユーザーは99%にまで登ります。とは言いつつも、やはり都会と地方都市ではどうしても“文化的格差”を埋められることはできないのが現状です。ライブとかアパレルとか見れば、東京にはあって地方にはないみたなのばかりじゃないですか。東京では毎週クラブのゲストで見るラッパーも、地方には年に数回しか来ないみたいなの、ザラですよね。

 

 それを踏まえると、私は全国の若者の枠組みから見れば、どちらかといえばKANDYTOWN寄りで文化的な人材だと思います。それでも、あくまでそれはプロフィール上のみ。そこに精神性が備わっていないから、いつまでも彼女ができない腐れ大学生のまま、社会の犬へと没落するのでしょう。先日の岐阜からいらした方々、あなたたちのコミュ力をもってすれば、私のシティボーイ性などワンパンで崩れ落ちますよ。